井上 勲 教授
INOUYE Isao
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藻類画像データ

研究領域 植物系統分類学
研究テーマ 藻類,特に微細藻類の系統解析と分類
研究の概要

 真核光合成生物の大部分は藻類です。藻類には11の門がありますが,これらは光合成という性質を共有するだけで,実際は起源を異にする生物の集まりです。このような藻類の多様性は,従属栄養生物が光合成生物を取り込む「細胞共生」がさまざまな系統で独立に起こることで実現されてきたものです(下図を参照)。藻類を通して生物界を眺めていくと,酸素発生型光合成生物(つまり広い意味の植物)の驚くべき多様性への理解を深めることができると考えます(詳しくは藻類画像データのページを参照してください)。このような立場で藻類の系統分類の研究を行っています。



真核光合成生物は一次共生で生まれた真核藻類(紅色植物と緑色植物)
の共生(二次共生)が何度も起こった結果 多様化を果たしました・・・・

一次共生二次共生によるクリプト植物の成立過程クロララクニオン植物の成立過程
上記のファイルを見るには Macromedia Flash Player が必要です。

本当の生物多様性は藻類と原生生物にあります・・・・・

 研究の手法は第一に自然界からミシングリンクにあたる微細藻類や鞭毛虫を採集して培養することです。そして次が微細形態の調査です。電子顕微鏡を用いて細胞形態,特に鞭毛と鞭毛基部にみられる複雑な構造(鞭毛装置)を詳細に調べて三次元構築を行います。形態情報の比較から系統を推定し,同時に新分類群の記載などの分類上の処理を行います。平行してさまざまな遺伝子の塩基配列の決定を行い,分子系統樹を構築します。そして形態の系統樹と比較することで結論を相互補完して結論を導きます。現在は次のような研究を行っています。

1) 緑色植物の初期分岐の解明(酸素発生型光合成生物の主役はどこからきたのか,どのようにして?)
 陸上植物がシャジクモ類を含む緑色藻類に由来していることを含めて,緑色植物の大まかな構成はほぼ明らかになりました。次は,緑色植物はどこからきたのか?どのように進化してきたのか?が重要な研究テーマです。そのためにはまず,緑色植物の初期の系統と進化を理解する必要があります。原始的な緑色植物のプラシノ藻類を対象に,細胞微細構造,分子系統,光合成アンテナ色素組成の解析などの手法を用いて,この問題に取り組んでいます。

2) ハプト植物の系統と分類(地球環境問題解決のための知的基盤を構築する)
 ハプト藻は地球の炭素循環や硫黄循環に重要な役割を果たすとされる生物群です。しかし,真核生物全体における分類上の位置も内部の系統もあまり分かっていません。さまざまなハプト藻を培養し,上の手法で研究しています。なかでも,円石藻類と呼ばれる炭酸カルシウムの被殻(円石)をもつ藻類は,炭素循環や硫黄循環に大きく関わっており,地球環境問題に取り組むために研究の進展が望まれています。私たちは円石藻の研究で世界の先頭を走っており,さまざまな成果が期待されています。

3) ストラメノパイルの系統と祖先生物群の探索(中生代以降の水界の主役はどのように多様化をはたしたのか?)
 褐藻や珪藻などの黄色植物はミズカビのような鞭毛菌や多くの鞭毛虫とともにストラメノパイルという真核生物の巨大な系統群を構成しています。その初期の系統と全体像を理解する目的で,無色鞭毛虫類を含めて,幅広く分類と系統解析を行っています。まだまだ未知の生物群が多数残る系統分類学のフロンティアのひとつです。黄色植物は水界のもっとも重要な生産者で,地球生態系を理解するためにもっと研究が必要な生物群です。

4) 藻類進化に関わる従属栄養生物群の探索(葉緑体獲得以前の藻類の多様化戦略をさぐる)
 藻類の祖先を探っていくと,二次共生で葉緑体を獲得する以前に枝分かれした生物群に行き当たります。捕食,分解吸収,寄生生活など,さまざまな栄養様式,エネルギー獲得様式をもつ生物群が藻類の血のつながった仲間として存在しています。これらを認識することが植物だけでなく,真核生物の多様性と多様化の過程を理解する上で重要です。こうした視点から,鞭毛虫類を中心に原生生物の探索と研究を行っています。

5) 真核生物の祖先型の解明(初期の真核生物はどんな細胞をもち,どんな細胞機能をもっていたのか?)
 藻類を中心に真核生物の系統を調べていくと,多くの真核生物が共通 にもっている原始的な形態や細胞の働きがみえてきます。こうした性質を一つずつ明らかにしていけば,真核生物のもっとも原始的な細胞形態や働きを再現できるはずです。エクスカベート類とよばれる鞭毛虫のなかまにはそのような性質が多数残されていると考えられます。微細藻類からはじめた研究は,最近では,真核生物全体を見通す方向へ展開し始めています。

6) 未知の真核生物群の探索(まだまだ存在している謎の真核生物群)
 生物多様性は,昆虫や熱帯雨林などが注目されていますが,真核生物全体の多様化と進化という立場でみれば,本当の生物多様性は藻類と原生生物にあるといえます。まだまだ未知の真核生物群が存在していると考えられます。そんな謎の真核生物の探索を行い,真核生物の多様性の理解に貢献します。最近,大学院生の一人が発見した鞭毛虫は知られているどの真核生物にも属さないものです。そんな生物がまだまだ存在しているならば,これらを探索し研究することが生物多様性研究に必須になります。

主な研究成果

これまでの主な研究成果として以下のものが挙げられます。

緑色植物:プラシノ藻類の微細構造、分子系統から緑色植物の初期に分岐した系統群を明らかにしました。また、緑色植物における形質進化を明らかにしました。鞭毛の運動および遊泳パターンの進化,鞭毛装置の相同性と進化過程の推定を行いました。

ハプト植物:ハプト藻類のもつハプトネマが食作用に関わる細胞器官であることを明らかにしました(ハプト藻 Chrysochromulina のえさ捕獲様式写真)。この研究結果はNature誌や海外の一流科学雑誌で紹介されました。炭素循環に重要な役割を果たしているハプト植物について、培養による生活環の解明、細胞微細構造、分子系統解析を行い、主要な分類群について系統上の位置を確定しました。

黄色植物:鞭毛装置の比較解析を中心に成果を発表してきました。最近,高度不飽和脂肪酸を大量に生産する新規の高次分類群であるピングイオ藻綱 Pinguiophyceae classis novaを発見、記載しました。また,二次的に光合成能を失った黄色植物が葉緑体の痕跡をもち,また炭酸固定の酵素であるルビスコの大サブユニット遺伝子が無傷のまま保持していることを見いだしました。

鞭毛虫類:黄色植物が葉緑体を獲得して「植物化」する以前に分岐した鞭毛虫の高次分類群を発見し、プラシディア綱 Placididea classis nova(=プラシディア藻綱 Placidiophyceae classis nova)として記載、報告しました。


参考文献
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